モアイ像は、石でできた巨大な像。
高さは平均4メートル以上、重さは10トンを超えるものもあり、中には20メートル近い未完成のものもあります。
そんなモアイ像を、どうやって人の手だけで運んだのか?
この記事では、「モアイ像はどうやって運ばれたのか?」という疑問に対して、最新の研究成果とともに、子どもにもわかりやすく解説していきます。
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巨大な石像は、どこからどこへ動かされたのか?
まず前提として、モアイ像のほとんどはイースター島のラノ・ララク火山のふもとで作られたと考えられています。
そして完成したモアイ像は、そこから島内の各地へ運ばれ、海岸沿いの「アフ(石の祭壇)」の上に立てられました。
ラノ・ララクから海岸線までの距離は場所によって違いますが、数キロから十数キロの道のり。
しかも、整備された道路などはありません。
この巨大な像をどうやって運んだのか。それが長年の謎となっていたのです。
かつて信じられていた「丸太で転がす」説

以前は、モアイ像を木の丸太の上に寝かせて転がして運んだという説が有力でした。
- 丸太の上をゴロゴロと転がす
- あるいは、そり状の台に乗せて引っ張る
たしかに合理的な方法に思えますが、この方法には大きな問題がありました。
それは、「そのためには大量の木を伐採しなければならない」ということ。
実際、イースター島では森林がほとんど残っておらず、過去に急速な環境破壊があったとされています。
木を使いすぎた結果、文明が衰退したのではという説もあるほどです。
「モアイ像は歩いた」説の登場

そんな中、21世紀に入り注目されたのが**「ウォーキング・モアイ」仮説**です。
これは、モアイ像を立てたまま左右に揺らすようにロープで引っ張ると、**“歩くように前に進む”**という移動方法です。
実際にアメリカの研究チームがこの方法を使って、人の手だけでモアイ像(レプリカ)を前進させることに成功しました。
- 片側ずつ交互に引くことで、像が左右に揺れながら進む
- 像の下部が丸みを帯びている形状も、「歩かせる」ために設計されていた可能性がある
この「歩くように進む」方法は、モアイ像の形と一致しているという点でも信ぴょう性が高まっています。
【挿入画像①:実験で歩くモアイ像を再現した再現イラスト】
なぜ「寝かせて運ぶ」のではなく「立てたまま」なのか?
これも、近年の研究で見えてきた文化的背景があります。
モアイ像は、祖先の力が宿る“生きた像”とされていました。
だから、作った直後からすでに神聖な存在であり、むやみに横倒しにしてはいけないという考えがあったとも言われています。
「立ったまま運ぶ」ことで、祖先の霊に敬意を払っていたのかもしれません。
つまり、「歩いた」というのは単なる技術的な話ではなく、信仰と文化に根ざした選択でもあったと考えられます。
科学の目と伝承が重なる瞬間
このウォーキング説がすごいのは、「まさか」と思われた伝説を、科学が**“再現できた”**という点にあります。
イースター島の一部の言い伝えには、モアイ像について「自分で歩いて場所についた」という話も残されています。
昔の人が見たのは、人の手で像が左右に揺れながら前進する姿だったのかもしれません。
それが、時を経て「歩いた」という言葉に変わっていったとも考えられます。
親子トークタイム!子どもにどう伝える?
モアイ像が歩いたって、本当?
この話は、子どもにとっても「へえ!」と驚きと好奇心を呼ぶテーマです。
説明するときは、まず「重さ」と「距離感」を伝えてあげましょう。
「モアイ像って、車より重たいんだよ。そんな石を、人の力だけで村まで運んだんだって。昔の人ってすごいよね。」
そこから、問いかけてみてください。
「そのまま持ち上げられないし、寝かせて転がしたら、顔が傷つくかもしれないよね。
じゃあどうしたんだと思う?」
そしてこうつなげます。
「最新の研究では、左右に引っ張って“揺らすように歩かせた”っていうんだって。だから、モアイ像は歩いたって言われてるんだよ。」
技術と想像が重なる瞬間を、親子で共有できる会話になります。
まとめ
モアイ像の運搬方法は、長年にわたり大きな謎とされてきました。
従来は「丸太で転がす」説が主流でしたが、森林資源の減少や像の形から見て不自然な点もありました。
近年では、「立てたまま歩かせた」というウォーキング・モアイ説が実験により裏付けられ、現実味を帯びてきています。
これは単なる“移動の工夫”ではなく、モアイ像が祖先の力を持った存在として敬われていた文化的背景とつながるものです。
科学と信仰が重なるとき、私たちはそこに「人間の知恵」と「想い」の両方を見ることができます。